宗像久嗣の研鑚

イラストレーター兼デザイナ兼IT雑用係。気楽にやろう。

着物を着ていると「あら今日はなにかお祭り?」って聞かれる事

先日カフェで妻と休んでいたら、若い女の子が隣に座っていた。全く気にしてなかったのだが、彼女らが席を立つ時にふと見ると、同じようなルックスで同じようなファッション、頭にはバンダナを巻いていたことに気が付いた。彼女らを見て妻が言った。

「今日は何かのイベントかしらん」

私の生活範囲内には、京セラドーム大阪や大阪国際会議場グランキューブ大阪)・大阪城ホールがあり、そこで開催されるライブなどに向かう人々をよく目にする。そういった人々の服装を見ると、失礼な言い方かもしれないが「おめかししてるなぁ」と思う事がよくある。普段の服装とはすこし違う、とびきりのお洒落というか、ここ一番の格好というか。男の私には言語化できないが、なにか違う雰囲気を醸し出している。くだんの彼女たちもそんな雰囲気を醸し出していたので、きっと何かのライブに向かう前なのだと私は思った。

「そうやのう、何かのライブに行く子らかもしれんねぇ」

そこで私はハッとしたのだった。

私と妻はたまに着物を着て出かける。特に大きな目的もなく遊びに出かける時や、美術館に行くとき、京都にぶらり行くときなど、日常着の一つとして着物を着ている。

だが現代では「着物=特別着」として認知されているようで、ご近所さんに見つかると「あら、どこか旅行でも?」とか「今日はお祭りあったっけ?」と訊かれる。当初はいちいち着物が好きで云々と応えていたのだが、そうすると中には「(着物着て遊びに行くとか)そんなの今どきある~?」という反応もあった。私も妻もそれが嫌で、最近では「ええまあオホホ」とお茶を濁していた。これはおそらく”着物好きの人あるある”ではないだろうか(他にもあるあるといえば、箸置きを見ると帯留め使えると思ってしまう、などがある)

話が逸れたが、しかしながらそうやって着物を日常着として見てほしいと考えている私自身も、彼女らの服装を見て勝手に判断したりしてるではないか。そう気が付いたのだ。

「これはいかん、いかんぞ妻よ。彼女らは単にファッションで着ているだけなのだろう。おそろいの服を着て楽しんでいるだけなのだ。それがなんだ、見かけだけで催事に行くだの、誰それの愛好家だの決めつけて。我々も着物を着ているだけで勝手に判断されるのが嫌ではないか。自分がされて嫌な事は他人にもせず。それを全うしようではないか妻よ」

そうやって私と妻は猛省した。

今後、着物を着て今日は何かの日と問われても、私はきちんと説明しよう。この服装が好きで着ているのです、と。そうすることで、着物を着ていても何らあたりまえの日が来るかもしれない。洋服と着物が混ざっても、何ら違和感のない日が。